割れ窓理論

コンサルティングをされている長谷部光雄さんと名刺交換する機会があり、それをきっかけにメールニュースを送っていただいてたことがあります。品質工学に関する話題を不定期で送っていただけたのですが、ある日送られてきた「割れ窓理論」の話がとくに感銘をうけました。それ以降、何か意見を求められたときに、その発想を参考にして発言することも何度かありました。
大変参考になる話です。まずは抜粋して紹介します。

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【割れた窓ガラス・・・一見方向違いだが、じつは根本対策】

ニューヨークの地下鉄の治安回復に、大変効果のあった考え方です。
以前のNY地下鉄では、強盗や殺人などの凶悪犯罪が多発していました。そのため警官を増員し警備を強化したのですが、さっぱり効果がなかったそうです。しかし、この理論に基づいた対策を実施したところ、数年で凶悪犯罪の発生数が三分の一に激減したのです。その後、この方法によりNY市全体の治安回復に効果をあげたという話です。
具体的に何をしたかというと、以下のような実験がベースになっています。

ある住宅街の空き地に車を一台放置しておきます。最初の一週間はボンネットを開けておきました。一週間経っても何も起きませんでした。次は、車のフロントガラスを割っておきました。すると一日もたたないうちに、まずバッテリーが盗まれ、それをキッカケにタイヤや内装品、部品が次々と盗まれてしまったそうです。
この現象は、次のように説明できます。最初の一週間は、通りかかった人も誰かが管理している車だろうと考えて何もしなかった。しかし、フロントガラスが割れているのを見て、これは誰も管理していない車であると判断され、略奪が始まったわけです。
この実験結果により、フロントガラスが割れているという小さなキッカケが、その後の多くの略奪行為を引き出すという重要な事実がわかりました。

そこでNY地下鉄の対策では、何をしたか。
なんと構内や車両に書かれていた落書きを落とすことから始めたのです。驚きですね。強盗、レイプ、殺人事件等の凶悪犯罪が起きている緊急事態なのに、なんで落書き落しか・・・という批判は多くあったそうです。それでも続行したところ、確かに効果が現れ始めました。そこで次は、無賃乗車やスリなどの軽犯罪の取締りを徹底したのです。すると、凶悪犯罪が大きく減少しはじめたのです。
つまり、落書き消しと軽犯罪の取締りという、凶悪犯罪に対しては一見方向違いと思える対策を実施して、大きな効果をあげたというわけです。
ここで重要なことは、両方とも「徹底して」実施したことのようです。

この現象は以下のように説明できます。
落書きが消されずに放置されていると、人々はこの地下鉄構内は管理状態にないと感じます。そればかりでなく、ここでなら少々の事をやっても大丈夫だろうと思うため、犯罪に対する罪悪感が少なくなります。その結果、無賃乗車やスリなどの軽犯罪から始まり、強盗や殺人などの凶悪犯罪へどんどんエスカレートしていったわけです。根本原因である環境が改善されないかぎり、犯罪者は増えつづけますから、取り締まる警官も増員し続けなければなりません。この状態になってからでは、犯罪と取締りのイタチゴッコになります。もはや大きな改善効果は期待できません。

もう理解できますね。
このような場合の対策とは、凶悪犯罪を取り締まる対症療法でなく、原因となっているコアの問題に手を打たなければならないのです。一見方向違いと思える落書き消しと軽犯罪の徹底した取締りが、「ここは管理状態にあり、小さな犯罪も見逃さないぞ」という「メッセージ」になるのです。その結果、人々の心に罪悪感を呼び戻し、凶悪犯罪者を排除するようになるのです。
このやり方が、多数の警察官による犯罪取締りよりも効果が大きかったのです。しかも、継続的な効果が期待できるメリットもあるのです。犯罪は個人の行為です。ですから、個人の行動が変化しなければ、問題解決になりません。そのためには、人間の行為そのものを監督するのでなく、人間の心にメッセージを送ることで、自ら行動を変えるように仕向ける。それが、徹底的にそして継続的にメッセージを送り続ける狙いです。性善説というか、人間に対する信頼感が根底にありますね。信頼感がなければ、徹底した取り締まりしか解決策はありませんから。

これらの割れ窓理論の考え方は、「品質を改善したかったら、品質を測るな、機能を測れ」という品質工学の考え方に通じます。表面に現れている品質問題に直接対策するのは効率が悪い。ちょうど警官の数を増やすやり方に相当します。そうではなく、問題を起こすのは基本的な機能に余裕がないためだと考えるのです。機能の余裕度を改善するのが問題への根本対策です。人の心に訴えれば、凶悪犯罪も含めて様々な問題を同時に解決できるのですから。

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私の住む地区では、月に1回、みんなで周辺のゴミを拾い集めるという活動があります。可能な人は子どもを連れていっしょに道ばたを歩いてゴミ拾いをします。その企画の中心になっている団体が諸々の理由から活動停止になると決まったとき、このゴミ拾いの活動もやめようかという話になりました。そのとき私はこの割れ窓理論の話を思い出し、これだけは残すべきだ,と発言しました。できれば親子で活動することで、将来少しでもポイ捨てする人が減ることも期待したいと思いました。
長谷部さんのメールは、品質工学の基本機能という”理解が難しいもの”をわかりやすく説明するためのものですが、この理論は品質工学に限らず色々な局面で参考にできる考え方だと思います。